2026年03月03日

新論文を出版しました:「努力価値観」と「尊厳価値観」がメンタルヘルスのスティグマと“権利に基づく支援”を左右する?

2026年2月13日に、私の新しい論文(コメンタリー)が International Journal of Mental Health and Addiction にオープンアクセスで掲載されました。

Kotera, Y. (2026). Worth Orientations and Mental Health Stigma: Linking Effort-Based and Dignity-Based Worth to Rights-Based Practice(DOI: 10.1007/s11469-026-01647-x

今回の論文で扱った中心テーマは、とてもシンプルに言うと次の問いです。

「人は『支援される価値』を、何によって正当化しているのか?」
そしてそれが、メンタルヘルスのスティグマ(偏見・恥・差別)や、権利に基づく支援(rights-based practice)の実装のされやすさにどう影響するのか?


なぜ今「権利に基づくメンタルヘルス」なのか

世界的に、メンタルヘルス支援は「慈善」や「善意」だけではなく、権利(rights)として捉える流れが強まっています。背景には、障害のある人の権利を定めた 国連・障害者権利条約(CRPD) があり、条約は「固有の尊厳(inherent dignity)」を基本原則として掲げています。

また、WHOの QualityRights は、権利に基づき、かつリカバリー志向でサービス変革を支える国際的な取り組みとして位置づけられています。

一方で現実には、同じ「権利に基づく支援」を掲げていても、国や組織、コミュニティによって実装の進み方が大きく違う。このギャップを説明する新しい「文化のレンズ」が必要だ、というのが問題意識です。

提案:Worth Orientations(価値(worth)の正当化のされ方)

私は今回、「Worth Orientations(ワース・オリエンテーション)」という新しい文化的レンズを提案しました。ポイントは、人間の価値(worth)が「何によって正当化されると感じられているか」に注目することです。

1) 努力ベースの価値観(Effort-Based Worth: EBW)

「努力すること」「生産性」「自己規律」などによって、人は尊重される/価値があるとみなされやすい

良い面:粘り強さ、貢献、自己成長を促す

ただし、調子を崩して努力ができない時に、**“怠け”“弱さ”“自己責任”**のように道徳化されやすい

2) 尊厳ベースの価値観(Dignity-Based Worth: DBW)

人の価値は、成果や努力に依存せず、固有の尊厳として無条件に認められる

支援は「頑張ったご褒美」ではなく、尊厳と非差別に基づく正当な権利として理解されやすい

重要なのは、これを単純な「東洋=努力/西洋=尊厳」の二分法にしないことです。論文でも、EBWとDBWは社会の中で共存し、世代・職種・組織文化によっても揺れるものとして扱っています。

スティグマ(偏見・恥・差別)を3種類に分けて考える

スティグマは“ひとつ”ではなく、何が強く働くかで対策が変わります。そこで論文では、次の3類型を提案しました。

内的スティグマ(internal):自分で自分を責める/恥/「自分は価値が低い」という感覚

外的スティグマ(external):周囲からの否定的評価や差別の予期・経験

連帯・評判スティグマ(associative / social-reputational):家族・職場・所属集団の“顔”や評判に波及する恥(「身内に…」が評判を下げる等)

そして、Worth Orientations と結びつけると、次のような仮説が立ちます。

EBWが強いほど:
内的スティグマ(自責・恥)と、評判スティグマが強まりやすい。
さらに「頑張ればできるはず」という見方が、支援の“当然性”を弱め、権利に基づく支援が入りにくくなる。

DBWが強いほど:
「努力できない=価値が下がる」という道徳化が弱まり、内的・評判スティグマが下がりやすい。
支援が“権利として当然”と理解されやすい。
ただし、外的スティグマは「責め」だけでなく「怖さ」「予測不能とみなす偏見」「パターナリズム(権利は認めるが意思決定能力を疑う)」でも起こり得るため、DBWだけでゼロにはならない可能性も指摘しました。

実務的には何に使える?:「rights-readiness(権利実装の準備度)」の指標として

この枠組みを使う狙いは、文化を「背景説明」で終わらせず、実装設計の変数(design variable)にすることです。

もしある現場で EBWが高いなら
→ メッセージングや教育は「努力と価値を切り離す」「調子を崩すのは道徳的失敗ではない」を中心に
→ 内的スティグマ・評判スティグマに照準を当てる

もし DBWが高いなら
→ rights-based は入りやすいが、「怖さ」や「保護の名のもとに意思決定を奪う」偏見が残る場合がある
→ 接触(contact-based)や、主体性を支えるリカバリーストーリーが重要

論文では、これを測定可能にするために、EBW/DBWの2因子からなる短い尺度案(例示項目)も提示しました。今後、心理測定(妥当性・信頼性・文化間の測定不変性など)をきちんと行い、実証研究として発展させる予定です。

今後の研究

今回の論文はコメンタリーなので、あくまで「仮説と枠組みの提案」です。次のステップは明確で、例えば:

EBW/DBWが、どのタイプのスティグマと結びつくのか(国・職種・組織でどう違うか)

EBW/DBWが、QualityRightsのような権利実装の取り組みの受容・定着を予測するか

日本・英国・欧州などで、同じ“権利”がどう語られ、どう実践に落ちるのか(言語・制度・文化の相互作用)

このあたりは、まさにクロスカルチュラル研究の出番だと思っています。

最後に:現場の声が研究を強くする

「努力しない人は甘えている」という空気がある一方で、「努力できない時でも尊厳は揺らがない」という理解が広がると、支援の形も、当事者の自己理解も変わります。

もし、教育現場・医療福祉現場・企業・地域などで、「努力」と「尊厳」が支援やスティグマにどう影響しているかの実感があれば、ぜひ教えてください。研究として一緒に形にできる可能性があります。

参照
https://link.springer.com/article/10.1007/s11469-026-01647-x
posted by ヤス at 22:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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