2026年09月06日

診断名がついても、つらさが伝わるとは限らない:こころの不調を理解する3つの視点

「病院で診断を受けたのに、家族には『気の持ちようだ』と言われる」

「不安について説明しても、自分が本当に困っていることが伝わらない」

こころの不調について、そんなすれ違いが起きることがあります。専門家が症状を理解することと、本人が「わかってもらえた」と感じること。そして、周囲がそのつらさを受け止めること。この3つは、必ずしも一緒には進みません。

今回、精神医学の学術誌『BJPsych Bulletin』に、このすれ違いについて考えた私の論文が掲載されました。新しい実験やアンケートの結果を報告するものではなく、これまでの研究をもとに、こころの不調をどう理解し、支えていくかを考える論考です。リンクはこちら。

論文で取り上げたのは、こころの不調を見る、次の3つの視点です。

1. 専門家から見た状態
どのような症状があり、どの診断に当てはまるのか。治療や支援を考えるための視点です。

2. 本人が感じているつらさ
何が怖いのか、何に困っているのか、どんな生活を取り戻したいのか。その人自身の体験に目を向ける視点です。

3. 周囲の受け止め方
家族や職場が、そのつらさをどう理解しているか。安心して相談できるか、休むことを認めてもらえるか、といった視点です。

例えば、眠れず、強い不安を感じている人を想像してみてください。医療機関で診断を受け、治療が始まっても、職場では「みんな大変なのだから」と言われ、家族からは「人には言わないほうがいい」と言われる。そうした状況では、通院する時間を確保したり、仕事の負担を減らしてもらったりすることが難しくなります。

診断がつくことは、大切な一歩です。自分の状態を理解する手がかりになり、必要な治療や支援につながることもあります。ただ、診断がついたからといって、生活の中で理解や協力が得られるとは限りません。

反対に、診断の基準にうまく当てはまらなくても、本人が大きなつらさを抱えている場合があります。「診断名がつかないこと」と「困っていないこと」は、同じではないのです。

こうしたすれ違いを考える例として、論文では「対人恐怖」を取り上げました。

人と会うのが怖いとき、その怖さの中身は人によって違います。

「変な人だと思われたらどうしよう」
「人前で失敗して、恥をかいたらどうしよう」

という不安もあれば、

「自分の視線で、相手を不快にさせているのではないか」
「自分のにおいや振る舞いが、周りの迷惑になっているのではないか」

という不安もあります。対人恐怖では、このように「相手に嫌な思いをさせてしまう」という心配が中心になることがあります。

どちらも、人との関わりが怖いという点では似ています。しかし、本人が何を恐れているのかは異なります。

相手への迷惑を心配している人に、「周りはあなたのことをそんなに見ていませんよ」と伝えても、本人には「自分が気にしているのは、そこではない」と感じられるかもしれません。

もちろん、こうした不安はきれいに二つに分かれるわけではありません。一人の中で重なることもあります。大切なのは、表面に見える「人が怖い」という言葉から、本人にとっての怖さの中身を確かめることです。

そこで関わってくるのが、文化や育ってきた環境です。

「人に迷惑をかけてはいけない」
「弱音を吐かずに頑張るべきだ」
「家族のことは家族の中で解決するものだ」

こうした考え方は、つらさをどう受け止めるか、誰かに相談してよいと思えるかにも関わります。

ただし、「日本人だからこう考える」と決めつけることはできません。同じ国で暮らしていても、家庭や世代、職場、これまでの経験によって、大切にしていることは違います。文化を理解するには、その人自身の話を聞くことが欠かせません。

論文では、支援する側が本人の理解を確かめるための問いかけも提案しました。例えば、こんな問いです。

* 「今、いちばんつらいのは、どんなことですか?」
* 「この状態について、ご自身ではどう考えていますか?」
* 「どんな助けがあると、少し楽になりそうですか?」
* 「相談したり、助けを受けたりするときに、気になることはありますか?」

そして、話を聞いた後に「私はこう受け止めたのですが、合っていますか?」と確かめることも大切です。聞く側が理解したつもりでも、本人の感じていることとはずれているかもしれないからです。

こうしたやり取りは、診察室の外でも役立つ視点だと思います。身近な人がつらさを話してくれたとき、すぐに解決策を示せなくても、まず何に困っているのかを一緒に確かめることはできます。

診断名は、その人の状態を理解するための大切な手がかりです。そのうえで、「この人にとって、何がいちばんつらいのだろう」「周りに助けを求められる状況だろうか」と目を向ける。そこから、その人の暮らしに合った支え方が見えてくるのではないでしょうか。

紹介した論文:
Kotera, Y. (2026). When ‘disorder’ doesn’t translate: DSM categories, lived illness and social sickness across cultures. BJPsych Bulletin.
[論文を読む(英語・無料公開)](https://doi.org/10.1192/bjb.2026.10272)
posted by ヤス at 16:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック