2023年09月11日

現実主義的統合(Realist Synthesis)とは?

現実主義的統合とは、現実世界、特に複雑な状況において、物事がどのように、そしてなぜ機能するのかを理解するために用いられる研究アプローチです。あるプログラムや政策、介入が成功したり失敗したりする理由を考える時などに使われます。この複雑そうなアプローチですが、簡単にいうと以下の5つのステップを経ます。

1 問題またはプログラムの特定
まず、研究したいテーマやプログラムを選ぶ。ヘルスケア・プログラムから社会政策まで、何でも構いません。

2 エビデンスの収集
調査、報告書、インタビューなどさまざまな情報源から情報を集め、プログラムや介入の成果について学びます。

3 パターンの発見
「これはうまくいく」「これはうまくいかない」というだけでなく、現実主義的総合はパターンを見つけ、その背後にある理由を理解しようとします。プログラムのどの部分が、ある人にとっては成功し、他の人にとっては成功しなかったのか、などを考えます。

4 理論構築
発見したパターンに基づいて、なぜそのようなことが起こるのか、理論や説明を作成する。ここでできた理論は、今後同じような状況で何がより効果的かを理解するのに役立ちます。

5 テストと改良
これらの理論が正しいかどうか、あるいは調整が必要かどうかを確認するために、他の環境でテストします。これによって理解が深まり、プログラムや政策の立案においてより良い判断ができるようになります。

つまり現実主義的統合とは、現実世界の状況を「どのように」「なぜ」に焦点をあて、深く掘り下げ、より良く機能させる方法を学ぶ方法です。物事の本質を理解するための探偵のようなものです。


現実主義的評価フレームワーク(Realist Evaluation Framework)
現実主義的統合のための確立された枠組みとして「現実主義的評価フレームワーク」がある。このフレームワークは、研究者や評価者が、プログラム、政策、介入の成果に寄与する根本的なメカニズムや状況を理解するために、体系的に現実主義的アプローチを実施するのに役立ちます。

1  プログラム理論の明確化
研究しているプログラムや介入を明確に定義することから始めましょう。その意図する成果は何か、どのように機能することになっているのか。このステップは、プログラムの論理を明確に理解するのに役立ちます。

2 状況・メカニズム・成果(Context, Mechanism, Outcome, CMO)を特定
現実主義的総合は、特定のメカニズム(物事がどのように機能するか)が特定の状況(物事がいつ、どこで起こるか)において引き起こされ、結果(成果)を生み出すという考えを中心に展開されます。利用可能なエビデンスやデータから、これらのCMO構成を特定していきます。

3 エビデンスの発見
定性的・定量的データ、調査研究、報告書、専門家の意見など、幅広い証拠を収集します。これらの証拠は、CMOの構成を明らかにするのに役立つはずです。

4 初期理論の構築
エビデンスと特定されたCMOの構成に基づき、プログラムや介入がさまざまな状況でどのように機能し、さまざまな成果を生み出すかについて、初期の理論を構築します。

5 理論のテストと改良
構築された初期理論は、追加的なエビデンスや他の情報源からのデータに対して矛盾しないかどうかテストされるべきです。このテストは、理論を洗練させ、より強固なものにするのに役立ちます。

6 発見の統合
最後に、すべてのエビデンスと理論を統合し、プログラムがさまざまな状況でどのように作用し、なぜ特定の結果をもたらすのかについて包括的に理解します。

現実主義的評価の枠組みは反復的であり、新しい証拠が入手可能になるにつれて、継続的に理論を洗練し、検証することの重要性を強調しています。様々な調査や評価の文脈に適応できる柔軟なアプローチであり、現実の環境における複雑な介入やプログラムを理解するための貴重なツールとなります。

posted by ヤス at 06:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月09日

現実主義評価(Realist Evaluation)とは?

現実主義評価(Realist Evaluation 以下、RE)の主要な概念とプロセスを簡単に紹介します。REという言葉はポーソンとティレイの著者で初めて使われました。

REは、「ある介入が、どこでも、誰にでも作用するわけではない」という仮定に基づいています。したがって、

「誰にとって、どのような状況で、何が、どのように有効か」を考えます。

特に大事な焦点として、

因果関係 (何かを引き起こす行為)と帰属(何かを帰属させる行為)があります。


基礎となる考え方
REは、現実主義(社会世界を現実とみなす哲学的視点)に基づいています。したがって、文化、階級、経済システムなど、観察不可能な実体やプロセスが、治療の成功に現実的な影響を及ぼす可能性を考えます。家族、学校、経済システムなどの社会システムには、人、資源、情報の流れというダイナミックな動きがあります。これらの社会システムは相互に影響し合うため、現実には必ずしも境界が存在しなくても、評価のためにシステムの境界を定義する必要があります。これらは他の社会システムと相互作用する可能性があるため、因果関係は単純な直線的プロセスでは描けないことが多いです。

どのような場合にREを用いるのが適切か?
REは、地域社会に根ざした公衆衛生プログラムなど、幅広い学習の可能性があるものなど「複雑な介入」を評価するのに適している。しかし、混合的な結果をもたらす治療を評価する際に「どのように、なぜ、どこで、どのように」治療が機能するのかがすでに理解されている場合、治療が単純で、万能なものである場合、介入による正味の効果だけが注目される場合などには適さない。


参照
https://assets.publishing.service.gov.uk/government/uploads/system/uploads/attachment_data/file/1004663/Brief_introduction_to_realist_evaluation.pdf
posted by ヤス at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年08月29日

異文化適応力とは(CQ=Cultural Intelligence Quotient)

今日の職場はかつてないほど多文化化しており、さまざまな背景を持つ人々と働くことが普通になっています。これによって多くの新しい機会が生まれましたが、同時にいくつかの課題も生じています。

文化の違いは、国籍や民族、信条の違いだけではありません。私たちの多くは多世代組織、つまり自分たちとはまったく異なる文化的前提や態度を持つ年下や年上の同僚が混在する組織で働きます。また、組織という大きな括りでなくても、例えば、部署やチーム間で文化的衝突が生じることもあります。


こうしたことから、私たちは多様な文化を理解し、その中で活動することに長けている必要があります。そこで登場するのが、異文化適応力(以下、CQ)です。

クリストファー・アーリー教授とスン・アン教授は、2003年に出版した著書で「CQ」という概念を紹介しました。両教授は、CQとは新しい文化環境に適応する能力だと定義しました。CQが高い人は、あらゆる文化に精通しているわけではなく、その代わり、新しい環境に自信を持って入り込み、観察と証拠に基づいて判断を下すスキルを持っている人です。このような人々は、馴染みのない行動や曖昧な行動を理解することに長けています。特定のグループ間で共有されている影響を認識しているため、特定の文化の影響を理解することができます。しかし、文化の影響は複雑で相互に関連していることも知っています。そして、文化が重要である一方で、ビジネス上の役割や個人の性格などの要因も、行動に強力な影響を与える可能性があることも認識しています。

例えば、あなたがイタリア人の株式ブローカーとミーティングをするとします。この人はイタリア人だから、株式ブローカーだから、あるいはイタリア人株式ブローカーだから、特定の行動をとるのでしょうか?それともミレニアル世代だからなのか、内向的だからなのか。これらすべての要素が組み合わさっている可能性が高いので、ひとつの側面に基づいて決めつけたり一般化したりするのは、正しいとは言えません。

CQの3つの要素
ハーバード・ビジネス・レビュー誌の論文では、CQを構成する3つの重要な要素を特定し、それを「頭」「体」「心」と名付けました。

頭とは、優れたCQが必要であるという知識と理解。この多くは観察と研究からもたらされます。しかし、新しい情報を収集するための戦略も必要であり、その戦略を用いて文化の共有理解を認識する能力も必要です。そうすることで、意思決定やコミュニケーションを適応させることができます。

身体とは、文化的情報を目に見える行動に変換すること。これは通常、あなたのCQが他者から見られる最も明確な方法です。身振り手振り、ボディランゲージ、そして文化的に重要な仕事を遂行する方法でそれを示すことができます。

心に関しては、高いCQを持つためには、自分に自信があり、正直な間違いを恐れず、新しい文化的状況に取り組むことが必要です。

CQの高い人は、これら3つの要素すべてを使って自分の行動を監視し、コントロールします。反射的に判断したり、固定観念にとらわれたりすることなく、どのような文化的環境でも何が起こっているかを解釈し、それに応じて自分の行動を調整することができるのです。

利点
CQを身につける利点は何でしょうか?

まず自分とは異なる人々と効果的に仕事をするのに役立ちます。海外で働く場合でも、国内で多様な文化を持つチームを率いる場合でも、CQがあれば、文化的な失態を犯して動揺や困惑を招いたり、プロジェクトや取引を台無しにしたりするのを防ぐことができます。

CQはまた、一緒に働くすべての組織の文化についての洞察を与えてくれます。相手の価値観や期待されていることを理解すればするほど、相手の文化的な「ルール」に従うことが上手になります。

ある研究によると、CQの高い労働者は、新しい文化的条件の中での生活や仕事に適応しやすいため、海外赴任でより成功することがわかっています。

しかし、拠点がどこであろうと、高いCQは、新しいグループの人々と信頼関係を築いたり、他部署の仕事のやり方に適応したり、部門横断的なチーム内で業務を遂行したりする必要がある場合に重宝されます。CQには、自己反省、オープンマインド、問題を予測する能力など、他の状況でも役に立つようなスキルも多く含まれています。

CQとEQ
CQはEQ(心の知能指数)と関連しているが、さらに一歩進んだ指標だと考えられます。EQの高い人は、人の感情、欲求、ニーズを察知し、自分の感情や行動が他人にどのような影響を与えるかを理解します。しかし、文化的要素を理解し、それに応じて自分の行動を適応させるには、さらなるスキルが必要です。CQを高めることで、異文化の人々の価値観、信念、態度に敏感になり、十分な情報に基づいた共感と真の理解を持って対応できるようになります。

文化的知性を磨く
2011年に出版された著書『The Cultural Intelligence Difference』の中で、デビッド・リバモア博士はCQの4つの実践的側面を強調しています。

CQ意欲
CQ知識
CQ戦略
CQ行動


リバモア博士によると、CQを高めるためには、これら4つの分野すべてを伸ばす必要があるといいます。

1. CQ意欲
意欲とは、異なる文化について学び、それに対応しようとする動機のことである。何が「社会」を形成しているのか、何が「社会」に影響を与えているのかに無関心な人は、その「社会」にうまく適応することはできません。しかし、新しい文化について学ぶ努力をすると、新しい可能性に対して心が開き始めます。違いを扱うことを難しいと感じる代わりに、違いは興味深く、エキサイティングなものと感じられます。

CQ意欲を強化するためには、新しい状況を探求するためにできることは積極的にしましょう。例えば;

異なるコミュニティや社会集団の人々と知り合いになる。
外国語を学び、異文化コミュニケーション能力を高める。
異文化のチームや組織、グループと触れ合うプロジェクトにボランティアとして参加する。

2. CQ知識
CQ知識とは、必ずしも特定の文化の細部まで知っていなければならないということではありません。その文化が一般的にどのように人々の行動や価値観、信念を形成しているかを知ることです。それを理解すれば、個々の行動の「ルール」がより理にかなったものになります。異なる文化の人々がどのように交流しているかを観察し、彼らのボディランゲージに注意深く注意を払いましょう。例えば、特定のジェスチャーや顔の表情は、人によってどのように異なる意味を持つだろうかと考えてみましょう。

その文化の歴史についても学びましょう。そうすれば、服装や食べ物に関する「ルール」を学ぶだけでなく、その背景にある理由も知ることができます。

文化的に多様なチームと仕事をする場合は、ウィベックの「文化の7つの側面」を使って、彼らの特徴を分析しましょう。また、ホフステードの「文化の次元」は組織文化を理解するのに役立つツールです。


3. CQ戦略
文化的な認識に立てば、学んだことを活かして、文化に配慮した堅実な戦略を立てることができます。こうした違いやその影響について考えることに慣れていれば、このプロセスはすぐに自然なものとなり、スムーズにプランニングできるようになります。この習慣を身につけるための方法として「文化が異なれば、なぜ物事の進め方が異なるのか」自分の思い込みを疑ってみることができます。

また現地のメディアやエンターテインメントに目を光らせ、「文化がどのように行動に影響を与えるか」について、新たな洞察を得ることもできます。文化に関する観察記録を日記につけ、成功したことだけでなく、不満に思ったことも書き留めておく。このメモは、当面の問題に対処し、長期的にCQを向上させることに集中するのに役立ちます。

などといった行動をとることができます。

4. CQ行動
CQの最後の要素は、あなたがどのように行動するか、特に物事が計画通りに進まなかったときにどのように反応するかに関するものです。あなたが働いている文化圏のビジネスエチケットをある程度研究していれば、正しい言動をするための準備は万端でしょうし、それが気づかれないこともないでしょう。しかし、問題や誤解が生じることもあるので、自分で考え、感情をコントロールできるようにしておくとよいでしょう。

また、自分のボディランゲージを監視し、適切であることを確認し、自分の言葉と異なるシグナルを発していないことも大事です。相手の行動や言動の理由が純粋に理解できない場合は、怖がらずに尋ねましょう。敬意を持ってそうすれば、たいていの人はあなたが相手の文化に関心を示していることを評価し、正しいことをしたいというあなたの気持ちを認めてくれると思います。

また、最善の努力を尽くしたにもかかわらず、何か間違った言動をしてしまったと思ったら、臆することなく謝りましょう。過ちから学び、次回は正しいアプローチをするよう心がけましょう。

参照
https://www.mindtools.com/aisl5uv/cultural-intelligence
posted by ヤス at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月26日

文化心理学とは何か?基本的な理解

文化心理学とは、文化的な要素が人間の行動にどのような影響を与えるかを研究する心理学です。文化の違いによって、どのような考え方、感じ方、行動の仕方に違いが出るのかを考えます。

例えば、ある文化では個人主義を強調し、個人の自発性を重要視するかもしれません。それとは逆に、集団主義や集団の中での協調性を重視する文化もあります。このような違いは、生活の様々な局面で大きな影響をもたらすことがあります。

文化とは何か?
文化とは、態度、行動、習慣、価値観など、ある世代から次の世代へと受け継がれていく、その集団の特徴のことです。世界中の文化には多くの共通点がありますが、同時に多くの違いもあります。例えば、どの文化圏の人々も「幸せ」を感じることがありますが、この感情がどのように体験されるかは文化によって異なります。

文化心理学の狙いは、「普遍的な行動」と「独特な行動」の両方に注目し、文化がそれらにどう影響しているかを明らかにする�とです。


文化心理学の歴史
文化心理学の重要性は比較的、最近認められてきました。世界的な団体である「International Association for Cross-Cultural Psychology(国際比較文化心理学会)」は1972年に設立され、それ以来、文化心理学は成長と発展を続けています。

長年にわたりヨーロッパと北米の研究を優先してきた欧米の研究者たちは、かつて普遍的だと信じられていた考え方の多くが、他の地域の文化では当てはまらないかもしれないという疑問を抱き始めました。そして、人間の思考や行動に関する多くの理解は、特定のグループにしか当てはまらない、つまり、そのグループ内でしか一般化できない可能性があることを理解していきます。より広範で豊かな人間理解を発展させ、より多様な文化的環境に適用できるようにするためには、他の様々な文化を理解する必要があります。

世に出ている「研究」には強い欧米バイアスがかかっていることが認識されているにもかかわらず、このバイアスが今日も続いていることを示す証拠があります。ある分析によると心理学研究の参加者の約90%は欧米の先進国でリクルートされていて、そのうち60%はアメリカ人です。そのような研究で理解されたことが、あたかも全人類に集まるかのように述べられている論文もあります。

文化心理学者のアプローチは大きく2つのアプローチのいずれかに焦点を当てます。

エティック・アプローチは、外野からの視点を通して文化を研究し、1つの「普遍的な」概念や方法を他の文化に適用します。エミック・アプローチは、内野の視点で文化を研究し、それぞれ独特の文化の中で概念を分析します。また、両方のアプローチを使うこともあります。

この他にエスノセントリズム、つまり、自分の文化を中心に考える傾向が強い文化心理学者もいます。何が「普通」であるかを考えるときに、自分の文化を使って理解することです。この弱点は、他の文化を異常なもの、否定的なものと考えることにつながる可能性があり、また、自分の文化の背景を理解する妨げにもなります。


文化心理学でよく扱われるものを以下に挙げます。

感情
すべての人が同じように感情を経験・表現するのか、そうではないのか。

言語習得
言語の習得のプロセスが、文化によって異なるのか、そうではないのか。

子どもの発達
子どもの発達に文化がどのような影響を与えるのか。これには文化的な習慣であったり、育児の方法なども含む。その違いによって、その子供の今後の人生にどのような影響があるのか。

人の性格
人の性格が、どの程度文化的な影響を受けているか、あるいは文化的な影響と結びついているかを研究する。

社会的行動
文化的規範や期待が、社会的な行動にどのような影響を与えるかを考える。

家族や社会との関係
家族やその他の対人関係も、社会や文化の影響を大きく受ける。

文化心理学は様々な学問とつながるため、他の心理学分野や、教育学、ビジネス・商学などの学生や研究者にも学ばれる学問分野です。文化心理学は、多文化教育の授業や教材を作成する教師、教育者、カリキュラム設計者が、文化の違いが生徒の学習、達成、意欲にどのような影響を与えるかについて詳しく学ぶのに役立ちます。

社会心理学の分野では、個人主義的な文化と集団主義的な文化において、社会的認知がどのように異なるかを研究することができます。これら2つの文化の違いが、人々がお互いを認識する方法にどのような影響を与えるのだろうか?などを考えます。

多くの分野でそうですが、文化心理学の研究でも、多様なサンプルを含めて、さまざまな心理現象の普遍性を理解することは不可欠です。様々な文化において、異なる要因がどのように現れるかを認識することは、研究者が根本的な影響や原因をよりよく理解するのに役立ちます。


参照
https://www.verywellmind.com/what-is-cross-cultural-psychology-2794903
posted by ヤス at 06:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月09日

DSMの診断軸について

米国を含む多くの国々では、医療従事者が精神疾患を診断する際に「精神疾患の診断統計マニュアル(DSM)」を参照します。DSMは、アメリカ精神医学会(APA)により発行されています。


DSMの第4版であるDSM-IVで診断は、「軸」と呼ばれる5つの部分から判断されました。この多軸システムの各軸は、診断について異なる種類の情報を提供していました。

第1軸 メンタルヘルスおよび物質使用障害
第2軸:人格障害と知的発達障害
第3軸:一般的な医学的症状
第4軸:心理社会的および環境的問題
第5軸:機能の全体的評定(GAF)


しかし、DSM第5版から多軸制は廃止されました。


多軸システムの歴史
APAはDSMの第3版で多軸システムを導入しました。軸は、臨床医が診断情報を追加で記録する方法として使われました。つまり、大うつ病と診断された人(第1軸に関する情報)は、例えば、支援体制がなく(第4軸に関する情報)、自分自身や他人に危険を及ぼす(第5軸に関する情報)といった情報を追加して、診断することができるようになったのです。

しかし、このような分け方には科学的根拠がないと判断されたため、APAは2013年のDSM第5版から多軸システムの使用を中止しました。

使用方法
診断情報を個別の軸に整理することは、臨床医が患者をより効率的に診断し、包括的なデータを収集することを目的としていました。多軸システムを導入した目的は、医療従事者が診断情報を軸ごとに選別し、どの項目が患者に当てはまるかを特定するための標準的かつ組織的な方法を持つことが背景にありました。

しかし、多軸システムをめぐっては、精神疾患と医学的疾患の区別をめぐる混乱など、さまざまな議論がありました。第5版では、従来の1軸、2軸、3軸を統合し、4軸、5軸に該当する情報を別途表記する非軸方式が採用され、DSMを使用する医療従事者に好まれているようです。

第1軸:メンタルヘルスおよび物質使用障害
第1軸は、臨床的な障害についての情報です。人格障害や知的発達障害以外のあらゆる精神疾患がここに含まれることになります。この軸に該当する障害には、以下のようなものがあります。

通常、乳児期、小児期、または青年期に診断される障害
せん妄、痴呆、記憶障害およびその他の認知障害
一般的な医学的状態による精神障害
物質関連障害
統合失調症およびその他の精神病性障害
気分障害
不安障害
身体表現性障害
虚偽性障害
解離性障害
性的および性同一性障害
摂食障害
睡眠障害
衝動制御障害(それ以外に分類されないもの)
適応障害
その他、臨床的に注目すべき疾患
DSM第5版における変更点
DSM第5版では、「一般的な医学的状態による精神障害」という分類が削除され、「虚偽性障害」「適応障害」も削除されました。つまり、これらのカテゴリーに分類されていた疾患が、DSM第5版では他の分類となったのです。また、「摂食障害」は「食行動障害および摂食障害」と名称が変更されました。
また、気分障害は2つのカテゴリーに分けられました。双極性障害および関連障害と、うつ病性障害に分けられました。また、「性的および性同一性障害」は、「性的機能障害、性同一性障害、およびパラフィリア障害」に改められました。

そして、以下のカテゴリーが追加されました。

神経発達障害
強迫性障害および関連障害
トラウマおよびストレッサーに関連する障害
薬物誘発性運動障害およびその他の薬物有害作用

第2軸:人格障害および精神遅滞
第2軸は、パーソナリティ障害および精神遅滞に関する情報を提供します。この軸に該当する障害は、以下です。

偏執狂性パーソナリティ障害
スキゾイドパーソナリティ障害
統合失調症型パーソナリティ障害
反社会的パーソナリティ障害
境界性パーソナリティ障害
ヒスチオン性パーソナリティ障害
自己愛性パーソナリティ障害
回避性パーソナリティ障害
依存性パーソナリティ障害
強迫性パーソナリティ障害
特定不能のパーソナリティ障害
精神遅滞


DSM第5版における変更点
上記のカテゴリーはDSM第5版でも継続されたが、「精神遅滞」は「知的障害」に変更されました。さらに、DSM第5版の更新版であるDSM第5版TR(テキスト改訂版)では「知的障害」は「知的発達障害」に変更されました。知的障害は、引き続き使用するため、括弧内で記載するようになりました。


第3軸:一般的な医学的状態
第3軸は、患者の精神的健康に影響を与える可能性のあるあらゆる医学的状態に関する情報を提供するものです。

例えば、がんで化学療法を受けている人は、不安や抑うつなどのメンタルヘルスの問題を経験することがあります。がんはメンタルヘルスに影響を与える健康問題であるため、第3軸の状態とみなされます。

DSM第5版における変更点
DSM第5版では、以前は第3軸に分類されていたいかなる状態も、メンタルヘルスの懸念として文書化されます。臨床医はこれを優先順位の高い順にメモするだけで可能になりました。

第4軸:心理社会的および環境的問題
第4軸は、本人に影響を及ぼす心理社会的および環境的要因を記述するために使用されます。

支援グループとの問題
社会環境に関する問題
教育上の問題
職業上の問題
住居の問題
経済的な問題
医療サービスへのアクセスの問題
法制度・犯罪との関わりに関する問題
その他の心理社会的・環境的問題


DSM第5版における変更点
DSM第5版では、第4軸の情報が別の表記で含まれるようになりました。これらの表記は、必要に応じて診断に追加することができます。


第5軸:機能の全体的評定(GAF: Global Assessment of Functioning)
GAFは0から100まであり、その人が全体的にどの程度、適応的に機能しているかを一つの数値にまとめる方法です。

100:症状なし
90: 90:症状は軽微で、機能は良好
80: 一過性の症状で、心理社会的ストレス要因に対する反応として予想されるもの。
70: 軽度の症状、または社会的、職業的、または学校的な機能における何らかの困難さ
60:症状が中等度、または社会的、職業的、または学校的機能に中程度の支障がある。
50:重篤な症状、または社会的・職業的・学校的機能における何らかの重大な障害
40:現実のテストやコミュニケーションに何らかの障害がある、または、仕事や学校、家族関係、判断、思考、気分などいくつかの領域に大きな障害がある。
30:妄想や幻覚によって行動がかなり左右される;コミュニケーションや判断に重大な障害がある;または、ほとんどすべての領域で機能できない。
20:自分または他人を傷つける危険性がある;時々、最低限の身の回りの整理整頓ができない;または、コミュニケーションに重大な障害がある。
10:自分または他人をひどく傷つける危険が持続する;最低限の身の回りのことができない;または、明らかに死を予期した深刻な自殺行為。

DSM第5版における変更点
DSM第5版では、第4軸の情報と同様に、第5軸の情報も心理社会的要因と文脈的要因に分離して表記されるようになりました。


注意点
医療従事者が多軸システムを不要と判断した理由はいくつかあります。多くの人が、1軸と2軸の診断の区別が非論理的であると感じていました。診断の中には、どちらのカテゴリーにも「きれいに」当てはまらないものがあるという懸念があったのです。さらに、GAF(第5軸)では、個々の患者の自殺リスクや障害が考慮されていないという懸念もありました。

医療従事者は、多軸システムを使用しなくても、患者をうまく診断することができ、診断する人それぞれのニュアンスを考慮することができるのです。

参照
https://www.verywellmind.com/five-axes-of-the-dsm-iv-multi-axial-system-1067053
posted by ヤス at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする