2023年07月16日

デジタルヘルスにおける文化的適応

近年、患者向けのデジタル健康ツール(DHT: Digital Health Tool)の利用は飛躍的に伸びています。インターネットを通して、患者の健康に携わることができます。例えばアメリカでは、アメリカ食品医薬品局が近年多くのメンタルヘルスに関する治療を承認しています。DHTのアクセシビリティ(円滑にサービスを利用できる度合い)については、テクノロジーとインフラの観点から広く議論されてきました。ここで多くの人が問題視したのは、スマートフォンやブロードバンドインターネットへのアクセス、テクノロジーリテラシーについてでした。しかしインターネットが世界を相手にすることを考えると、さまざまな文化背景を持つ人がアクセスをするので「文化的な違い」も非常に大事なトピックではあるものの、あまり議論されていません。


スパンヘルらはシステマティックレビューを出版し、その中でメンタルヘルスに関わるDHTが患者に使ってもらうには「文化的適応」が大事だと述べました。彼らは、メンタルヘルスDHTの文化的適応を行った55の研究を対象とし、これらの研究から文化的適応に不可欠な17の要素を特定しました。これらの55の研究は平均して、17の適応基準のうち11.6を満たしていました。また、驚くべきことに、文化的適応の程度は、DHTの有効性やアドヒアランス(処方された量と頻度、DHTを使うこと)との間には関連性がなかったそうです。

スパンヘルらは、メンタルヘルスDHTを文化的に適応させるための17の基準を定義しました。そして、既存のDHT研究を見てみると、これらの基準の68%しか考慮されておらず、また、どのように文化的適応をしたのか、そのプロセスを詳細に記載している研究は42%しかなかったと報告しています。つまり、既存のメンタルヘルスDHT、その中でもそのエビデンスが報告されているものの多くが文化的適応をまだ十分にしていない可能性があるということです。

また、文化的適応の臨床的意義も過小評価されている可能性があります。文化的適応と患者のメンタルヘルス状態との間に関連性がないという発見は驚きです。というのも、対面でのメンタルヘルス介入を調べた数々の研究では、有効性は文化的適応の程度と比例関係にあるからです。DHT介入にも同じことが当てはまると仮説されましたが、そうではなかったようです。ここも新たな研究が必要な分野です。

最後に、裕福な国で作られたDHTを、貧しい国の人々に適用する際には、文化的適応が重要です。しかし、米国のように、多様な国の異なる集団を対象とする場合や、メンタルヘルス以外のDHTを適応させる場合にも、文化的適応が重要である可能性があります。


参照
https://www.nature.com/articles/s41746-021-00516-2
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2023年07月09日

メンタルヘルスに対して他国はどのように対応しているのか

メンタルヘルスは、すべての人の幸福にとって不可欠です。しかし、それを取り巻く態度は国によって異なります。その国特有のメンタルヘルス観は、その国独自の慣習、文化、課題などに影響されます。

例えば、日本では他の国と比べた特徴として、どうでしょうか?精神医療は広く提供されており、その大部分は国民健康保険でカバーされています。個人が負担するのは総費用の3割だけであり、医療機関も自由に選択できる。しかし他の国々と比較して、精神科療養病床の数が多く、脱施設化(メンタル疾患を抱える人をより社会的なアプローチでサポートする)で遅れているとされています。また、精神科療養病床の在院日数は1990年の約500日から2018年には約266日にまで減少したが、精神科入院患者数と在院日数のさらなる削減が求められています。

文化的にはメンタルヘルスの症状に対してスティグマ(偏見)が、精神医療サービスを利用する上での障壁となっていますが、精神医療サービスはより利用されていることも報告されています。


国の文化に適したメンタルヘルス対策
世界的に見て、メンタルヘルスの問題は、疾病負担(その症状によってどれだけ生活などにネガティブな影響があるか)が2番目に高い部類の症状とされています。また、メンタルの治療格差は、低・中所得国で特に大きいという問題もあります。つまり、それらの国でお金をあまり持っていない人は治療が受けられていない、ということです。

そして、メンタル問題へのアプローチは文化に大きく影響を受けています。これはプラスでもあればマイナスでもあります。

中国、日本、韓国などのアジアの文化には、自分の評判、尊厳、名誉を意味する「世間体」という概念があります。人々は、面目を失ったり、家族や地域社会に恥をもたらすことを恐れたりするため、メンタルヘルスの問題で助けを求められなかったり、自分の状態を他人に公表するのを避けるかもしれません。

ナイジェリア、ガーナ、ケニアなどのアフリカの文化では、魔術に対する信仰があり、これはスピリチュアルな力を使って危害や災難をもたらすことを意味します。メンタルの問題を守る人は、魔女や悪霊に取り憑かれていると非難され、家族や地域社会から追放されたりします。

メキシコ、ブラジル、アルゼンチンなどのラテンアメリカの文化には、「家族主義」という価値観があり、これは、家族の忠誠心、連帯感、支援に価値をおきます。だから、メンタルの調子が悪い人は、まず家族に相談をします。

ネイティブアメリカン、オーストラリアのアボリジニ、マオリ族などの先住民の文化では、身体的、精神的、感情的、スピリチュアルな側面を全部含めてその人の健康を見ようとします。メンタルの問題は、地域で知られている伝統的なヒーラーに相談をして、ヒーラーは特定の儀式をしたり、漢方薬を使用することがあります。

以下、国レベルで見ていきましょう。

インド
インドでは95%の治療格差があり、20人に1人しかメンタルに関する治療を受けていないと推定されています。この治療格差に関する調査では、メンタルヘルスに対する意識の低さ、悪い偏見(スティグマ)、差別、専門家の不足、助けを求める意識の低さ、サービス環境の不整備など、複数の要因が関与しています。

インドは国民のメンタルヘルス・ニーズに対処する手段として、国家メンタルヘルス計画(National Mental Health Programme: NMHP)を策定した最初の中低所得国の一つです。NMHPは、メンタルヘルスケアのインフラ整備という重要なニーズに取り組む手段として1982年に開始されました。2003年には、医科大学/総合病院の精神科を改良することと、州立精神病院の近代化が含まれました。

文化的な面では、インドでは精神的な問題はまず家族に相談されます。これで解決されることもあるかもしれませんが、家族内の理解やサポートのレベルが様々であるため、状況が悪化するまで治療を受けることができない場合があります。また、インドでは宗教指導者もよく利用されるサポートだとされます。これは特に農村部や地方都市で見られます。特定の宗教指導者はメンタルヘルス問題が、悪例によるものだ、といった思い込みを他者に強制しようとしますが、信者にとって、こうしたサポートを使わなくするのは難しく、現状ではメンタルヘルスの専門家が並行して治療を提供することが多いようです。

中国
多くの中国人がメンタルヘルスの治療を受けることに対して、いまだに否定的な態度を抱いていると言われます。このせいもあり、一般的な市民がメンタルヘルスの原因、治療法、予防法についてあまり理解していません。一般市民へのメンタルヘルス教育、治療をする人の訓練などがますます必要です。心理療法士など精神科以外のメンタルヘルス専門家の不足は著しく、14億人を超える人口に対し、その数はわずか5,000人だと言われています。

この背景としては、心理療法を認定する審議会や認定機関がないこと、心理学専攻の卒業生が十分な医療経験を積んでいないこと挙げられています。

進歩した部分もあります。近年、メンタルヘルスケアは主に精神科病院や総合病院の精神科で受けられるようになりました。2015年の段階で、国内には2936の精神保健サービス機関または施設があり、その内訳は、42.1%が精神科病院、43.2%が総合病院の精神科病棟、10%が地域およびプライマリーヘルスケアセンター、3.3%が精神科クリニック、1.5%がリハビリテーション施設だったそうです。

南アフリカ
南アフリカでは、特にコロナが発生してから、質の高い医療へのアクセスであったり、貧困、失業など、コロナ以前からの構造的不平等が悪化しました。この国では歴史的に、アパルトヘイトの終焉に向けて保健制度が直面した主要な課題として、資源の深刻な不平等配分があり、南アフリカ政府は法改正を通じてこれらに対処しようとしたが、ギャップは埋まらなかったそうです。南アフリカの公衆衛生予算全体のうち、メンタルヘルスが占める割合はたった5%だそうです。

精神疾患の治療に関しては、南アフリカ応用心理大学(South African College of Applied Psychology)が発表したデータによると、重度の精神疾患を訴える南アフリカ人のうち、治療を受けたことがあるのはわずか27%に過ぎないと推定されました。アパルトヘイト、エイズの流行、ジェンダーに基づく暴力など、南アフリカの歴史はさまざまな、長期的な社会的トラウマによって特徴づけられます。そして近年のコロナによって、気分障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、不安症、恐怖症などのメンタルヘルスの問題がさらに悪化しています。

強みとしては、文化的にメンタルヘルスの問題に対して、生物医学的なアプローチよりも、社会的、人権的なアプローチを取ることに好意的であることです。これに準じて、国のメンタルヘルスの方針においても、他分野の研究者(心理学、行動科学など)を含めた視野の広いものになる可能性があると考えられています。

コロンビア
南アフリカと同様、コロンビアにおいても、国民全体が暴力にさらされてきたことへの歴史的理解が不可欠です。なぜなら、60年にわたる武力紛争の歴史的影響であったり、高い殺人率、ギャング活動、ジェンダーに基づく暴力、家族内暴力は、この国のメンタルヘルスを理解する上で重要な要素だからです。

トラウマの影響を受けている人の数、アルコールの乱用や違法薬物の使用も多く報告されています。コロンビアの人口の約15%が紛争によって避難しており、彼らが暮らすコミュニティでは人々は対応が困難なニーズを抱えています。


スペイン
スペインではメンタルヘルスの問題を抱える人々に対して、コミュニティ・ケア・モデルが活用されています。その目的は、自律性、アクセシビリティの継続性、公平性の原則に従いながら、予防に重点を置いた、包括的なケアを提供することです。その結果、地域医療提供者は、学際的な方法(様々な分野の専門家を用いる方法)でプライマリケアチームと連携します。近年では、パーソンセンタードケア(人を中心とした治療)、ユーザーエクスペリエンス(ケア介入を使う人が何を経験しているか)、アセスメントモデル(どのように何を評価したらいいのか)のさらなる開発など、このモデルのさらなる改善が行われています。

しかしながら、スペインの人々もコロナ禍ではメンタル不調に苦しみました。スペインは観光業とレストラン業に依存した経済であること、また、人々は家族の絆とアウトドアライフを大事にすること、これらの要因から心のバランスを失いました。うつ病と不安の増加は顕著でした。

2021年は、それ以前の調査年(2005〜2016年のスコアは15〜17.72%)と比べて、メンタルヘルスの不調が55.92%増加したと報告されました。

コスタリカ
コスタリカは医療の質だけでなく、幸福度でもしばしば上位にランクされます。さらに、この国の非公式スローガンである「プーラ・ヴィーダ」(直訳すると「純粋な人生」)は、幸福、楽観主義、人生を全うすることに価値を置くという、この国の人々の典型的なライフスタイルと倫理観を表しています。したがって、この社会で強い価値観は、他人を思いやり、質の高い生活を維持することです。

この国の医療制度はCCSS(Caja Costarricense de Seguro Social)と呼ばれ、給与税で賄われています。その結果、コスタリカのほぼ全人口が、CCSS内で無料で医療サービスを受けることができます。コスタリカは多くの機関から、医療の充実さで、ラテンアメリカのトップ3に常にランクされていて、この制度の質の高さだと言えます。

しかしながら課題もあります。例えば、メンタルヘルス疾患の有病率は、十分に研究されておらず、文書化もされていません。さらに、特定の精神医療プログラムがないため、この種のケアはプライマリ・ケアを通じてのみ利用されています。したがって、メンタルヘルスケアの改善だけでなく、国の状況全体について、より研究が必要です。

メキシコ
メキシコではメンタルヘルスケアへのアクセスが問題となっていて、これが大きな治療格差につながっています。その理由として、インフラ未開発のため財源不足、資金不足、調整不足が生じ、医療システムから切り離された人たちが多くいること。その結果、軽度のメンタルヘルス疾病者の87.4%、中度の疾病者の77.9%、重度(双極性障害や統合失調症など)の疾病者の76.2%が治療を受けていません。さらに、これらのサービスでは訓練を受けたメンタルヘルスの専門家が不足している一方で、最寄りの保健センターまで行くための交通費の財源不足も問題となっています。

メキシコ内で、メンタルヘルスに対するスティグマは強く存在します。メンタルヘルスの治療について、重度の疾病者のみが受けるものだと考えている人は多いそうです。しかしながら、人々がオープンマインドな地域では、お互いに協力し合うことが日常であり、そういったコミュニティではメンタルヘルスの問題もスティグマの影響なく話をすることができているようです。

また、メキシコではその他のメンタルヘルスケアもよく使われます。クリスタル、カード・リーディングなど秘教的、形而上学的な実践も使われるそうです。しかし、メキシコの専門家たちはこうしたエビデンスのないケアについては、ネガティブな影響もあるので注意するように人々に警告をしています。

その他のメンタルヘルスケア

オンライン・プラットフォーム
メンタルヘルスのためのアプリ、ウェブサイト、ソーシャルメディアなどのオンラインプラットフォームの利用が増加しています。こうしたプラットフォームは、情報交換の他、人々につながりやサポートを提供してくれる利点があります。

海外の専門家からメンタルヘルスケアを受ける
もし自国でメンタルヘルスのケアを受けられないのであれば、海外の専門家からケアを受けられるかを考えることもできます。多くの国ではまだまだメンタルヘルスのケア提供は十分に整っていません。また、エビデンスに基づいたケアを実施することがリソース的に難しいこともあります。この際は、自分の国とその専門家との文化的な違いを配慮する必要はありますが、それでも自分により適したケアを受けられるのであれば、これも良い方法だと言えます。


メンタルヘルスは今や世界的な健康問題とされています。それだけに文化の違いを理解することがますます大事になりそうです。

参照
https://www.verywellmind.com/how-do-other-countries-deal-with-mental-health-7556304
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2023年03月04日

デジタルヘルスを導入する際のポイント

医療にITを積極的に使うこと、デジタルヘルスが近年、様々な国の医療で注目されていますが、その導入において、何に注意する必要があるのか。こちらの記事を参照しました。

提言1 デジタルヘルスケアが通常治療に馴染んでいくためには、国と地域、両方のインフラに対するコミットメントと投資が必要である。

提言2 デジタルヘルスでは現在、いくつかの不確実性が存在する。これを緩和するために、個人健康データの所有権と管理、データプライバシー規制に関するガイダンスが必要である。

提言3 デジタルヘルスに関するサービスへの信頼と信用は重要。製品やサービスの認定や公的な承認は、デジタルヘルス・サービスの将来の成功展開の重要な決定要因である。信頼と信用を促進するための明確なシステムを導入する必要がある。

提言4 システムやセクターを超えたデジタルヘルスケアの拡大化を確実にするために、技術やサービスがお互いに情報・ノウハウ共有できることを優先させ、必要であればインセンティブを与える必要がある。

提言5 将来のデジタルヘルス・サービスは、英語を第一言語としない人や、感覚・身体・認知に障害のある人など、現在社会的・経済的に排除されている人たちがよりアクセスしやすいものにする必要がある。

提言6 デジタルヘルス&ウェルビーイング技術の真の可能性を完全に実現するためには、さらなる意識向上、消費者のスキルアップ、より手頃でアクセスしやすい技術に投資する必要がある。技術やサービスを推進する専門家や一般人の持つ感覚を意識する。

提言7 デジタルヘルスとウェルネスの製品とサービスのセキュリティと安全性に関する懸念に対処するため、デジタルヘルスのリスクとベネフィットについて、より活発な国民関与が必要である。

提言8 次世代の医療専門家のスキルアップと、よりデジタルな能力を確保することの双方に、より大きな重点を置く必要がある。デジタルヘルスケアを医療専門家の教育に組み込む必要がある。

提言9 消費者の健康と法定医療サービスにまたがる市場を支援するためのガイダンスが必要。将来の資金調達モデルやデジタルヘルスが一般市民の生活に取り込まれ使用されることを可能にするデータの共有、保存、管理モデルを構築する必要がある。

提言10 医療の安定性と長期計画の文化を促進する必要性がある。不安定さと絶え間ない変化は、投資の抑止力となり、デジタルヘルス分野での実装を妨げる可能性がある。

posted by ヤス at 23:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 健康・メンタルヘルス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年12月09日

DSMの診断軸について

米国を含む多くの国々では、医療従事者が精神疾患を診断する際に「精神疾患の診断統計マニュアル(DSM)」を参照します。DSMは、アメリカ精神医学会(APA)により発行されています。


DSMの第4版であるDSM-IVで診断は、「軸」と呼ばれる5つの部分から判断されました。この多軸システムの各軸は、診断について異なる種類の情報を提供していました。

第1軸 メンタルヘルスおよび物質使用障害
第2軸:人格障害と知的発達障害
第3軸:一般的な医学的症状
第4軸:心理社会的および環境的問題
第5軸:機能の全体的評定(GAF)


しかし、DSM第5版から多軸制は廃止されました。


多軸システムの歴史
APAはDSMの第3版で多軸システムを導入しました。軸は、臨床医が診断情報を追加で記録する方法として使われました。つまり、大うつ病と診断された人(第1軸に関する情報)は、例えば、支援体制がなく(第4軸に関する情報)、自分自身や他人に危険を及ぼす(第5軸に関する情報)といった情報を追加して、診断することができるようになったのです。

しかし、このような分け方には科学的根拠がないと判断されたため、APAは2013年のDSM第5版から多軸システムの使用を中止しました。

使用方法
診断情報を個別の軸に整理することは、臨床医が患者をより効率的に診断し、包括的なデータを収集することを目的としていました。多軸システムを導入した目的は、医療従事者が診断情報を軸ごとに選別し、どの項目が患者に当てはまるかを特定するための標準的かつ組織的な方法を持つことが背景にありました。

しかし、多軸システムをめぐっては、精神疾患と医学的疾患の区別をめぐる混乱など、さまざまな議論がありました。第5版では、従来の1軸、2軸、3軸を統合し、4軸、5軸に該当する情報を別途表記する非軸方式が採用され、DSMを使用する医療従事者に好まれているようです。

第1軸:メンタルヘルスおよび物質使用障害
第1軸は、臨床的な障害についての情報です。人格障害や知的発達障害以外のあらゆる精神疾患がここに含まれることになります。この軸に該当する障害には、以下のようなものがあります。

通常、乳児期、小児期、または青年期に診断される障害
せん妄、痴呆、記憶障害およびその他の認知障害
一般的な医学的状態による精神障害
物質関連障害
統合失調症およびその他の精神病性障害
気分障害
不安障害
身体表現性障害
虚偽性障害
解離性障害
性的および性同一性障害
摂食障害
睡眠障害
衝動制御障害(それ以外に分類されないもの)
適応障害
その他、臨床的に注目すべき疾患
DSM第5版における変更点
DSM第5版では、「一般的な医学的状態による精神障害」という分類が削除され、「虚偽性障害」「適応障害」も削除されました。つまり、これらのカテゴリーに分類されていた疾患が、DSM第5版では他の分類となったのです。また、「摂食障害」は「食行動障害および摂食障害」と名称が変更されました。
また、気分障害は2つのカテゴリーに分けられました。双極性障害および関連障害と、うつ病性障害に分けられました。また、「性的および性同一性障害」は、「性的機能障害、性同一性障害、およびパラフィリア障害」に改められました。

そして、以下のカテゴリーが追加されました。

神経発達障害
強迫性障害および関連障害
トラウマおよびストレッサーに関連する障害
薬物誘発性運動障害およびその他の薬物有害作用

第2軸:人格障害および精神遅滞
第2軸は、パーソナリティ障害および精神遅滞に関する情報を提供します。この軸に該当する障害は、以下です。

偏執狂性パーソナリティ障害
スキゾイドパーソナリティ障害
統合失調症型パーソナリティ障害
反社会的パーソナリティ障害
境界性パーソナリティ障害
ヒスチオン性パーソナリティ障害
自己愛性パーソナリティ障害
回避性パーソナリティ障害
依存性パーソナリティ障害
強迫性パーソナリティ障害
特定不能のパーソナリティ障害
精神遅滞


DSM第5版における変更点
上記のカテゴリーはDSM第5版でも継続されたが、「精神遅滞」は「知的障害」に変更されました。さらに、DSM第5版の更新版であるDSM第5版TR(テキスト改訂版)では「知的障害」は「知的発達障害」に変更されました。知的障害は、引き続き使用するため、括弧内で記載するようになりました。


第3軸:一般的な医学的状態
第3軸は、患者の精神的健康に影響を与える可能性のあるあらゆる医学的状態に関する情報を提供するものです。

例えば、がんで化学療法を受けている人は、不安や抑うつなどのメンタルヘルスの問題を経験することがあります。がんはメンタルヘルスに影響を与える健康問題であるため、第3軸の状態とみなされます。

DSM第5版における変更点
DSM第5版では、以前は第3軸に分類されていたいかなる状態も、メンタルヘルスの懸念として文書化されます。臨床医はこれを優先順位の高い順にメモするだけで可能になりました。

第4軸:心理社会的および環境的問題
第4軸は、本人に影響を及ぼす心理社会的および環境的要因を記述するために使用されます。

支援グループとの問題
社会環境に関する問題
教育上の問題
職業上の問題
住居の問題
経済的な問題
医療サービスへのアクセスの問題
法制度・犯罪との関わりに関する問題
その他の心理社会的・環境的問題


DSM第5版における変更点
DSM第5版では、第4軸の情報が別の表記で含まれるようになりました。これらの表記は、必要に応じて診断に追加することができます。


第5軸:機能の全体的評定(GAF: Global Assessment of Functioning)
GAFは0から100まであり、その人が全体的にどの程度、適応的に機能しているかを一つの数値にまとめる方法です。

100:症状なし
90: 90:症状は軽微で、機能は良好
80: 一過性の症状で、心理社会的ストレス要因に対する反応として予想されるもの。
70: 軽度の症状、または社会的、職業的、または学校的な機能における何らかの困難さ
60:症状が中等度、または社会的、職業的、または学校的機能に中程度の支障がある。
50:重篤な症状、または社会的・職業的・学校的機能における何らかの重大な障害
40:現実のテストやコミュニケーションに何らかの障害がある、または、仕事や学校、家族関係、判断、思考、気分などいくつかの領域に大きな障害がある。
30:妄想や幻覚によって行動がかなり左右される;コミュニケーションや判断に重大な障害がある;または、ほとんどすべての領域で機能できない。
20:自分または他人を傷つける危険性がある;時々、最低限の身の回りの整理整頓ができない;または、コミュニケーションに重大な障害がある。
10:自分または他人をひどく傷つける危険が持続する;最低限の身の回りのことができない;または、明らかに死を予期した深刻な自殺行為。

DSM第5版における変更点
DSM第5版では、第4軸の情報と同様に、第5軸の情報も心理社会的要因と文脈的要因に分離して表記されるようになりました。


注意点
医療従事者が多軸システムを不要と判断した理由はいくつかあります。多くの人が、1軸と2軸の診断の区別が非論理的であると感じていました。診断の中には、どちらのカテゴリーにも「きれいに」当てはまらないものがあるという懸念があったのです。さらに、GAF(第5軸)では、個々の患者の自殺リスクや障害が考慮されていないという懸念もありました。

医療従事者は、多軸システムを使用しなくても、患者をうまく診断することができ、診断する人それぞれのニュアンスを考慮することができるのです。

参照
https://www.verywellmind.com/five-axes-of-the-dsm-iv-multi-axial-system-1067053
posted by ヤス at 08:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年11月28日

採用されるグラント申請書を書く秘訣

カイリー・ボールさんは優れた研究者で、これまで2500万ドル以上の助成金を獲得し、60件以上の競争に勝ってきました。しかし、それでもグラント申請は失敗することの方が圧倒的に多い。成功数は失敗数の半分にも満たないそうです。彼女の秘訣は、不採用(リジェクト)されたときに、多くのことを学べると考えることだそうです。

グラントを申請して採用されることは、研究者にとって必須の仕事です。ほとんどの提案は却下されますが、失敗したことで、他の機会を探したり、より良い提案書を書く機会が得られます。ボールさんは、オーストラリアのメルボルンにあるディーキン大学の行動科学者として活躍する傍ら、ワークショップを開催しているそうです。


グラントを調査する
助成金獲得のための競争は、かつてないほど激化しています。欧州委員会の「Horizon 2020」プログラムは、EU史上最大の研究・イノベーションプログラムで、2014年から2020年の間に約800億ユーロ(890億米ドル)の資金が用意されています。最初の100件の提案募集の成功率は14%と報告されていますが、そこから成功率は下がっているようです。欧州委員会は、「Horizon 2020」の後継となる1,000億ユーロ規模のプログラム「Horizon Europe」の提案を発表しました。オーストラリアでは、2017年以降、国立保健医療研究評議会は、受け取った提案の20%以下にしか資金を提供していません。また、米国の国立科学財団(NSF)は、2017年に49,415件の提案を受け取り、そのうち11,447件に資金を提供しましたが、これは25%以下です。NSFだけで1年間に数万件のリジェクトがあったことになります。

有名な科学者であることが成功を約束するわけではありません。分子生物学者のキャロル・グライダーが2009年にノーベル賞を受賞した同じ日に、彼女は最近提出したグラント案が却下されたことを知りました。

資金調達に成功する可能性を高めるために、科学者たちは、利用可能な助成金を徹底的に検索し、さまざまな資金提供団体が資金提供するプロジェクトの種類の違いに注目することを提案しています。バージニア州アレクサンドリアにあるNSF環境生物学部門のプログラムディレクター、レスリー・リスラーは、NSFなどの政府機関は、概念的な問題を扱う基礎科学に関心を持つ傾向があると述べていました。一方、民間の財団では、社会的な変化をもたらすようなプロジェクトや、財団の特定のミッションに合致した実用的な意味を持つプロジェクトを優先することがあります。


提案書の作成
申請を始める前に、説明や指示をよく読むべきだと、ボールさんはアドバイスしています。申請書を書く前に200ページのオンライン資料を熟読することもあります。そうすることで、研究者はどの賞が適していて、どの賞が適していないのかを見極めることができ、結果的に時間の節約になります。申請財団が求めているものにぴったり合っていなければ、その助成金を申請する価値はないと彼女は言います。

経験豊富な科学者は、成功した提案書を研究することを勧めています。これらの提案書は、信頼できる同僚や上司、大学の図書館、オンラインデータベースから入手できることが多いです。例えば、「Open Grants」というウェブサイトには、成功したものも失敗したものも含めて200件以上のグラントが掲載されており、無料で閲覧することができます。

グラントの申請者は、プロジェクトに関心を持っているかどうかを確認するために、助成財団にメールや電話をすることを恐れてはいけないと、非営利団体COMPASSのエグゼクティブ・ディレクター、アマンダ・スタンレーさんはアドバイスします。彼女は6年間、ワシントン州シアトルにあるウィルバーフォース財団でプログラムオフィサーとして働いていましたが、この財団は自然保護科学を支援しています。この財団をはじめとする民間財団では、申請プロセスは、プロジェクトの簡単な事例を紹介する「ソフトピッチ」から始まることが多いです。ソフトピッチでは、なぜその研究が重要なのかを端的に話すことが大事です。また、応募する財団の戦略的目標と密接に関連していなければならないと指摘します。

参照
https://www.nature.com/articles/d41586-019-03914-5
posted by ヤス at 08:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 心理学理論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする